HOME  >>  生産者情報  >> ドメーヌ・ラパリュ(フランス/ボルドー地方)

― 湿原を至高のぶどう畑へ変えた、メドック北部の物語ー

 17世紀のメドック北部は、今のような整然としたブドウ畑ではなく、水はけの悪い湿地が広がる荒野だった。この地に未来を見いだしたのが、ベガダンの領主ジャン=ジャック・ドーである。1660年、彼は土地を手に入れ、湿地の乾燥と整備に取り組み、やがてワイン造りに適した沃土へと変貌させた。1710 年に植えられたブドウは、1720 年に初めての収穫を迎え、メドック北部にワイン文化が芽生える瞬間となった。しかし、時代はやがて激動のフランス革命へと向かう。領地の所有者が次々と変わり、社会の秩序が揺らぐ中でも、この地の畑は静かに季節を刻み続けた。革命の荒波を越えた後、19世紀にはルサック家、続いてデロン家へと受け継がれ、シャトーは再び発展の道を歩み始める。この頃、メドックの道を走っていたのが「パタッシュ」と呼ばれる簡易馬車である。領主の移動に使われたこの馬車は、時にジロンド河を行き交う税関船の名としても使われ、地域の暮らしと歴史を象徴する存在だった。
 シャトーの名に刻まれた“Patache”は、この土地を行き交った馬車と、その歴史を支えたAux、Lussac、Lapaluの三家を象徴している。1918年頃から「Cru Patache d’Aux」という名が一般化し、1932年には正式にCru Bourgeoisとして認定される。そして1964年、ラパリュ家が所有者となった年のヴィンテージから、三頭の馬が牽く象徴的なラベルが登場した。それは、湿原を切り拓いた開拓者の精神と、革命の時代を越えて受け継がれた土地の記憶、そしてメドックを走ったパタッシュの軽やかなリズムを宿した意匠である。
 こうしてシャトー・パタッシュ・ドーは、湿原から始まった開拓の物語と、時代の荒波を越えて受け継がれた歴史を胸に、今日もメドック北部の象徴としてワインを生み出し続けている。



パタッシュ・ドーの土壌
ジロンド河の左岸に位置するベガダン村に、パタッシュ・ドーの畑は広がっている。畑は台地の上にあり、夏は暑すぎず、冬は寒すぎず、雨が降っても水はけが良い。土壌は粘土石灰質。保水性のよい粘土質には乾燥に弱いメルローが植えられることが多い中で、シャトーでは乾燥した砂利質を好むカベルネ・ソーヴィニョンを植えている。粘土質で育ったカベルネ・ソーヴィニョンはより力強く、より酸味の強い仕上がりとなる。また収穫時期を周囲のシャトーよりも遅らせ、熟成度、繊細さ、複雑さが最大限に達した熟果を収穫する。それゆえ、仕上がるワインは強い酸度と複雑味を備えた、他のシャトーと比べてもはるかに長い、10〜15年という長期熟成可能なワインとなっている。
◆各キュヴェの詳細◆
Chateau Patache d’Aux AOC Medoc / Cru Bourgeois, Rouge
/シャトー・パタッシュ・ドー(メドック/クリュ・ブルジョワ)赤
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Le Relais de Patache d’Aux AOC Medoc, Rouge
/ル・ルレ・ド・パタッシュ・ドー(メドック)赤 ==>> 詳細はこちら
Les Chevaux de Patache d’Aux AOP Medoc, Rouge
/レ・シュヴォー・ド・パタッシュ・ドー(メドック)赤 ==>> 詳細はこちら
Les Chevaux de Patache d’Aux AOP Bordeaux, Blanc
/レ・シュヴォー・ド・パタッシュ・ドー(ボルドー)白 ==>> 詳細はこちら

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